北陸電車旅~その7~早月加積の奇跡。 [ちょっとおでかけ鉄]

 富山地鉄本線・上市駅にやってきました。(寺田10:42発→上市10:50着)。
 よく知られているとおり、上市は地鉄本線の途中にあるスイッチバック構造の駅。広大な富山平野のど真ん中、線路を敷くのに障害などなさそうな場所に、スイッチバック駅とは奇妙ですね。
01上市駅終端.JPG


 富山地鉄はもともと県下の多くの私鉄が合併して、今の形になった、ということで、ここ上市の地に、最初に敷かれた鉄道は、富山湾に面した滑川から上市まで大正2年に開通した「立山軽便鉄道」(のちに改軌して「立山鉄道」となる)。
 一方、県都・富山市から、東へ線路を伸ばしていったのが「富山電気鉄道」、いまの電鉄富山や、電鉄黒部といった、頭に「電鉄」がつく駅名は、この鉄道に由来しているそうです。
 この「富山電鉄」が昭和6年に上市まで到達、「立山鉄道」と合併、直通運転を始めようということになりましたが、先に開通していた「立山鉄道」の上市駅は、滑川から真南に下ってきた線形を、直前で東に向けて振って、東側に広がる上市の市街と接着させていました。西から東に伸びてきた「富山電鉄」と「立山鉄道」を直通させるためには、駅の西側の方に短絡線を設ければ、スルーの線形となりますが、それでは駅の位置が、上市の市街地から遠く離れてしまう…。
 そんなわけで、「富山電鉄」は真っ直ぐに「立山鉄道」の上市駅まで乗り入れることとし、富山-滑川間の直通列車は、上市でスイッチバックする運転方式となり、そのまま今に至る…、と(以上、『鉄ピク』誌2012年6月号の記事の受け売りです)。

 因みに今の地鉄本線、滑川-宇奈月温泉間を開通させたのは「黒部鉄道」(昭和11年に全通)。これらに加え、富山県下に多数存在していた私鉄が、戦時下の昭和18年に合併して、「富山地方鉄道」になるわけで…。 上市駅は、この地域の拠点らしい立派なコンクリート造りの駅舎です。
02上市駅前.JPG


 寺田での雨の降りしきるなかの撮影で、すっかり身体が冷えきってしまっている。ここは暖かいうどんでも所望したいところです。都合よく、駅の構内にはこじんまりした食堂街も併設されて…いるんですが、営業時間は11時半から、とのこと。
 いいや、この辺で写真を撮りながら、店が開くのを待とうよ…。

 ということで、またしても謎の符号「と」が書かれた地鉄バスや…、
03謎の「と」.JPG


 道路脇(ここでも道路と鉄道用地の境界はあいまい)に置かれた保線車両の写真など撮りながら時間を潰します。
 写真のDL-1と書かれたロコには「昭和37年富士重工宇都宮工場」製の立派な銘版つき。
04DL-1.JPG


 そのDL-1と繋がっていたこの車両。なんだろ、これ? 台車の上にタンクを載せ、水撒き装置みたいのがついてます。散水車? でも道路上の軌道ならともかく、鉄道線路上に水を撒いても意味が無いような…。
05散水車.JPG


 な~んてことを思っておりましたら、畏敬するCedarさんのブログ「Cedarの今昔写真日記」に昨年4月、昭和48年の北陸の鉄道巡りのシリーズ記事があり、その中の、
http://cedarben.blog.so-net.ne.jp/2011-04-17
 に、ちゃんとこの車両らしきものが写っている(しかも場所はさっきまで私がいた寺田の踏切の手前)。写真には「保線用モーターカーに牽かせて、雑草駆除剤の散布にでも使うのでしょうか?」と慧眼のコメントが添えられています。散水車だとばっかり思っていた私、赤面…。

「えーとですね、次の11時33分の電車が出ると、その後は途中の滑川止まりで、宇奈月行きは一時間以上開いちゃうんですね。なので次の電車に乗ったほうがいいかと…」
 とY君が宣告。稲荷町や寺田では、けっこう本数が多く思えた地鉄本線ですが、ここ上市や滑川での折り返しが多く、その先は昼間は一時間に一本くらいの運転頻度になる模様。つまり…うどんは諦めろ、ってことですね。

 富山方からやってきた11時33分発宇奈月温泉行きは、朝方電鉄富山-稲荷町でお世話になったクハ172+モハ14722。実は、再三「この顔が好きっ!」と書いていながら、どこか遠い昔の(写真で見た)記憶にある「この顔」とは、微妙に違うような気がしていたんですが…。上記Cedarさんのブログに掲載されている昭和48年の14720形は、オデコの2灯の前照灯の真ん中に、もうひとつ…つまり都合前照灯が3灯装備されている! ソレだっ…なんてことは、この時はまったく気づいておりません。
06まともこの顔172.JPG


 上市を出発。遠くに見えるのが、電鉄富山方面への線路。暖かいうどんにはありつけなかったけど、駅構内で唯一開いていたパン屋さんで、ホットコーヒーを手に入れホッとひといき。
07ホットコーヒー.JPG


 モハ14722の製造銘版。昭和37年蕨生まれ。てぇことは、私より11歳年下…つまり今年で五十路。
08昭和37年生まれ.JPG


 この運転室回りのグリーンの色合いも、当時の高性能電車に共通したものでしたね。
09運転台.JPG


 この14720形、私が乗車しているモハ14722+クハ172の他に、モハ14721+クハ171編成も在籍しているのですが…なんとモハ14721は今年の1月に立山駅で出火全焼してしまったそうで…。あっ、稲荷町で見たクハ171の後ろに、青いビニールシートで覆われていた車両がモハ14721…。
ビニールシート.JPG

 なんてことを、今の今、記事を書きつつ初めて知った私であります。

 例によって、運転席にかぶりつきながらロケハンしていたY君。「ここで降りましょう」ハイハイ、忘れ物しないようにね。あ、きっぷ、途中までしか買ってないから乗り越し精算しなきゃ。バラ銭バラ銭…もたつく爺さんに、ワンマンの運転士さん苦笑い…で、降り立ったのが「早月加積」駅。11時51分着。交換設備はあるものの、無人駅です。
10早月加積駅172.JPG


 しかしまぁ、この駅も…。
11早月加積駅外観.JPG


 何だか私、地鉄の駅に降りるたびにため息をついているようですが、この駅舎の風情もまた格別の趣きです。
12味わいありすぎ.JPG


 かつては駅員が配置され、地域のコミュニティの中心だっただろう駅舎。いまでは電車が発着する都度、数人ずつの乗客が通り過ぎるだけですが、木造の建屋のあちこちに、人の営みのぬくもりが染み付いているような感じがします。

「えーと、今乗ってきた下りと、上りがこの駅で交換しましたよね。次は一時間後、やっぱりこの駅で交換なんですが、途中に一本、下りの特急が通過します。それを狙いましょう」「一本だけ!?」「(ジロリ)なにか不満でも…」「いえいえ、別に…」

 ということで、次の下り電車まで1時間余り。この駅に滞在することになりました…。
 ものぐさなくせに、飽きっぽい…という困った性格の私、一時間待って、撮れる電車が一本きりでは退屈…なんて心配はご無用なのでありました。
 この駅はすぐ横をJR北陸本線が走っている。滑川から魚津まで、8キロあまりに及ぶ富山地鉄とJRの並走区間の、ちょうど真ん中あたりにあるのが、この早月加積駅なのです。
13キロポスト.JPG


 つまり地鉄の電車が来ない間は、JRの写真を撮っていればイイ。ダボハゼ鉄にはなんとも好都合な「リャンメン待ち」が出来る場所なのでした。
 地鉄のホームから見ると、こんな感じ。681系の「はくたか11号」でしょうか? ちょっと電柱が邪魔ですね。
14ほくえつ?.JPG


 でもうまい具合に、駅の両側には踏切があり、しかも滑川側の踏切は警報機遮断機なしの4種(といまでも言うのかしら?)踏切。
15踏切.JPG


 北陸線は上り側、下り側とも一直線で、昼間点灯している前照灯のおかげで、遠くからでも列車の接近がわかります。ということで、家の近所では「撮れそで撮れない」7:3の構図狙い。475系3連の富山行き電車がやってきました。(546M)
16_475系.JPG


 続いて下り線を走ってきたのはEF81748の牽く貨物列車。この機関車も、ついこの間まではEF81148?
17EF81748.JPG


 上下線を隔てる「ヒモ(なんて呼ぶんだろう)」が邪魔ですが、行き掛けの駄賃の撮影なので、ゼータクは言わないことにしましょう。

 滑川方向で輝く前照灯が見える。北陸線じゃなくて、地鉄線側に見える気がするけど、下り特急の時間にはまだ早いし…。
 なんて思っていたら、いきなり時刻表には載っていない10030形京阪特急色が現れました。
18_10033が現れた.JPG


 えっ、なんで!? 電車の行き先表示は「滑川」行き。早月加積の富山行きホームに入ったモハ10033+10044は、そのままホームに停まってしまいました。
 察するに、我々が乗ってきた電車の一本あとの「滑川行き」は、滑川に折り返しの設備がないのか、どうやら客扱いを終えると2駅先の早月加積へ回送。ここで折り返し、再び滑川から客扱いして、電鉄富山に向かう…という運用になっているようです。

 というわけで、無人駅で京阪色を独り占めっ! あ、ゴメン、Y君もしきりにシャッター音を響かせています。(踏切から撮影しています)。
19_10034独り占め.JPG


 塗りなおして間もないんでしょうか。曇り空にもイエロークリームと臙脂色の塗色が輝いている。その正面を鳩の京阪特急マークが引き締めている。例の「かぼちゃ色」も、個人的には嫌いじゃないんですが、やはりこの車体にはこの色がいちばんよく似合います。

 駅の周囲はこんな感じ。
20駅の周囲は.JPG


 和倉温泉に直通する「はくたか6号」でしょうか。
21上りはくたか.JPG


 暫し休憩の後、電鉄富山に向けて出発するモハ10034+10033。
 ふぅ~、いいものをじっくり見せてもらった…。
22京阪が出発.JPG


 なんてため息をつく間もなく、今度は滑川方向から北陸線下り列車が接近。ン!? なにこの色…。まさか…。
23_475急行色01.JPG


 昨日、倶利伽羅の駅でさんざん待ちわびた475系国鉄急行色のおでましです。
24_475急行色02.JPG


 よもやこんなところで出会えるとは思ってもいなかった。曇り空だろうがなんだろうが、この色の走行シーンを撮れたことだけでも大収穫です。僅かな時間の間に、特別塗色を立てつづけに見られて…私、ふだんの心がけがそんなによかったっけ?

 興奮冷めやらぬまま、駅に戻る道すがら、後ろから電車が接近の気配…。アリャいけない。キミのことをすっかり忘れていてしまった。
25_16014.JPG


 特急うなづき5号。そもそもこの駅で降りたのは、この電車が本命だったのに…。次から次へと登場する「ネタ車」に圧倒されているうちに、失念してしまったのでした。
 しかも車両は今朝方乗車した「アルプスエキスプレス」。
 車体に電柱がかかっているし…なんとも「ぞんざい」な写真になってしまいました。

 めくるめく1時間は瞬く間にすぎ、次の下り電車で先に進みます。
 まずやってきたのは電鉄富山行きの14772+14771。う~む、やっぱり前パン(しかも菱形)はいいなぁ。
26_14772.JPG


 上下の電車はこの駅で交換(右側通行)します。我々の乗る下り電車は…まるで止めを刺すように、16010形レッドアローの未更改編成16011+16012でした。(早月加積発12:58)
27ノーマルレッドアロー.JPG


 アルプスエキスプレスに較べれば、やや疲労の色は見えますが、落ち着いた雰囲気の室内…を満喫する間もなく、たった5分の乗車で、次に下車したのは2駅先の西魚津(13:03着)。
28西魚津駅.JPG


 この駅もまた、言葉を失うような「昭和叙情」なたたずまいです。
29ここでも両面待ち.JPG


 おそらく、開通当時のまま残っているのだろう、石積みのホーム。5メートルもなさそうなちっぽけなホーム上屋。その先に見える築堤は、北陸本線のそれですが、西魚津駅の手前で地鉄は北陸線をアンダークロス。早月加積とは位置関係が変わっています…ってことは、ここでもダボハゼ・リャンメン待ちですか?

 北陸線の下り電車。475系? と思いきや、先頭のクモハの車番は457-16。いまとなっては、意味があったんだかなかったんだか、よくわからない3電源方式の急行型457系の生き残りです。
30クモハ457-16.JPG


 金沢行きの「はくたか8号」。よく見ると前の方の基本編成は北越急行色なのに、付属編成はJRWカラー…。
31色違いはくたか.JPG


 青々と伸びた麦畑の向こう。北陸線をアンダークロスして、かぼちゃ色の「特急うなづき7号」が顔を見せました。アレ、今、上を走る413系とツーショットが撮れちゃった?
32ツーショットに.JPG


 レッドアロー編成には、ヘッドマークがついていませんでしたが、この14767+14768にはちゃんと「うなづき号」のヘッドマークがついています。せっかくの美しい手前の麦畑が、雑草が伸びているように見えているのがなんとも…。
33_14767うなづき号.JPG


 後追いで「前パン」側の顔も押さえます。(13:45頃西魚津通過)
34こっちの顔も14768.JPG


 先程ご厄介になったクハ172+モハ14722が宇奈月温泉から戻って来ました。
35_172遠景.JPG


 今回の旅でこの顔を見るのはおそらくラストチャンス。大好きな二枚窓をしっかり記憶に留めます。(13:53西魚津発)
36古びたホームが似合う.JPG


 しつこく後追いでも…。
37後追いで.jpg


 14:06分西魚津発、宇奈月温泉行き普通電車。14760系。
38麦畑の中.JPG


 14:32分頃、やはり宇奈月から戻ってきたアルプスエキスプレスの特急「うなづき10号」。さっきはぞんざいに撮っちゃったので、今回は慎重に撮影(でもバックがうるさい…)。
39_16013.JPG


 望遠で魚津方向を見ていたら、アルプスエキスプレスの後方から、猛然と追っかけてくるJR特急が見えたので、もしや…と思っていたら。
40_またもツーショット.JPG

 またもや(辛うじて)ツーショットになりました…。

 この電車が行ってしまえば、後は次に下ってくる普通電車で、帰途につくのみ。
 すっかり虚脱状態の私であります。
41大満足.JPG


 15時1分、西魚津発、宇奈月温泉行き。
 電鉄富山行き16011+16012と当駅で交換。
42_15時1分西魚津発.JPG


 望外に充実しまくりだった富山地鉄の旅のラストコース。魚津市内の高架で北陸線に寄り添った電車は、やがて新魚津に到着(15:05)しました。ここで地鉄ともお別れです。

 側線をはさんだ向こうが、JRの魚津駅。地鉄からは、一度地下道に降り、駅の反対側に出てもう一度跨線橋を渡り…というバリアフリー? 何ソレ…な乗換です。

 ここからは、直江津、長野と普通電車を乗り継ぎ、長野から新幹線で帰京します。なぜ「はくたか」で越後湯沢~上越新幹線というルートを取らないかというと、私たちのもっているJRのきっぷが名古屋-米原-金沢-直江津-長野経由の「一筆書き」きっぷ(当然安い。ほくほく線を挟むと一筆書きが成立しない)だから。ここらへん、Y君の旅のプランニングはなかなかマニアックなのであります。

 祝杯用の酒とつまみを購入していたら、慌ただしい乗り換えになりました。ホームに到着するとほぼ同時に入線してきた直江津行きは、期待していた475系ではなく、413系? 「後ろですっ!」のY君の声に、見れば最後尾のクハは455のよう。ダッシュするY君。
43直江津行きは413系.jpg


 無事、元急行型のボックスシートに席を確保…。でもよく見ると、デッキの仕切りは取り払われ、中央部にいくつかのボックスシートを残して、車端部はロングシート化改造されています。
44ロングシートに.JPG


 それでも、トイレと通路を挟んだ反対側には、国鉄時代の長距離用車両の証、洗面所が、そのままの形で残っておりました。
45洗面所は健在.JPG


 この旅で、初めて見る日本海。相変わらず空は、どんよりとした雲に覆われていますが…。
46初めて見る日本海.JPG


 かつてはこの断崖絶壁迫る海岸を、細々とした単線で結んでいた北陸線が、中央構造帯を挟む複雑な地形を、トンネルで一気に突き抜けて複線電化されてから、50年足らず。
 あと少しで、北陸新幹線が開業すると、この区間は3セク化されることになっており、そうなると残る国鉄型電車は…? 昭和の電車の楽園、富山地鉄は…? 大きく変わるだろう、北陸の交通体系の中で、万葉線は…? 北陸鉄道は…? 福鉄やえち鉄は…?
 そんな将来に、思いを馳せ…ようとしたのですが、祝杯にあげたワンカップが、ぐるぐると回ってきます。
 えーと、魚津で2本買って、直江津で2本追加して、長野でも…覚えてないや。

 途中の記憶、まったく欠落したまま、気づいたらいつもの京成八幡駅に降り立っていました。
 後で写真を見ると、酔っ払ってるくせに、けっこうこまめにシャッターを切っている…でも記憶が無い。
 それらをまとめてご紹介して、しつこく7回に渡って続けさせていただいた、旅の記録の締めくくりにしたいと思います。
47帰り途.JPG


 長々とお付き合いありがとうございました。
 最後になりましたが、素敵な旅を企画して、わがままな爺さんにつきあってくれたY君に感謝を…。
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コメント 11

プント

富山という地がこんなにバラエティに富んだ電車が走っていたとは、
これまで全く知りませんでした。
また行きたい場所が1つ増えてしまいました~
by プント (2012-06-04 22:42) 

サットン

上市駅の終端部、車止めがあるわけでもなくずいぶんユルい構造ですね。
都バスをパクッた地鉄バスのデザイン、プライドってもんがないんでしょうかね・・・・。
バラエティに富んだ地鉄の電車を一通り楽しまれた今回の旅、しっかり楽しませていただきました♪
by サットン (2012-06-05 11:08) 

maipenrai

プントさん
 実は私も…です。「昭和の電車」を今のうちに出来るだけ見ておきたいなぁ…」などと思っているのですが、富山は「昭和の電車」の宝庫なのでありました。

サットンさん
 ATSが効いているのか、相当ゆるゆると進入しますので、よもやオーバーランなんてことは無いと思いますが…。同行者が「あの塗装は都バスの中古を大量導入したから」なんてことを口走ってましたが、ホントのところ、どうなんでしょう?

ほりけんさん
フジトモさん
xml_xslさん
燕っ子さん
 niceありがとうございます。

by maipenrai (2012-06-05 17:52) 

gardenwalker

お疲れ様でした
富山地鉄、電車もさることながら
駅舎がいい味だしていますね~
あっちも、こっちも・・・
夏に、、、行きたいな~
という気になってきました(笑)
by gardenwalker (2012-06-06 00:10) 

あおたけ

おつかれさまでした。
実り多き旅になったようで、読み応えがあり、
堪能させていただきました。
最後の最後で急行色475系がやってきてくれるなんて、
やっぱり「持って」いますね〜(笑)
ラストカット、九枚のコラージュで、
だいたい辿ったルートが解るのが面白いです。
by あおたけ (2012-06-06 08:57) 

maipenrai

おはようございます。
gardenwalkerさん
 昭和の爺鉄の勝手なノスタルジーとは関係なく、車社会の中で、地鉄はじめ北陸の私鉄が苦戦しているのはわかってるんですが…。でも駅舎といい電車といい、ホントに心地よい場所でありました。

あおたけさん
 泊まりは駅泊か夜行の車中泊、食べるのは駅そばか、パンに牛乳…大昔のそんな旅はもうムリですが、楽しく、かつ幸運に恵まれた旅でした。撮りたいと思っていた車両たちともほぼ出会うことができて…う~ん、「持って」るのかなぁ。

モボさん
湘南ライナーさん
ディブ松本さん
 niceありがとうございます。
by maipenrai (2012-06-06 09:29) 

maipenrai

マチャさん
 niceありがとうございます。
by maipenrai (2012-06-07 20:19) 

Cedar

地鉄いいなあ!
安っぽいプレハブ駅舎なんかにしないで、ウッディな駅舎を観光資源にして欲しいですね。
by Cedar (2012-06-08 21:38) 

京葉帝都

上市駅がスイッチバックでも多くの列車の座席が転換クロスシートなのでさほど苦にならないかと思います。昭和40年代後半だったか上市駅の滑川方のカーブで上り列車がスピードの出し過ぎが原因で脱線した事故がありました。スキー場へのアクセスで立山線を利用していた頃は名鉄タイプの釣掛車が普通や急行に使用され、正面2枚窓のクロスシート車は主に特急として華々しく運用されていました。元々特急車のオンパレードと言えるモダンな電車群と、レトロな駅舎、施設は、絶妙なマッチングではないでしょうか。
by 京葉帝都 (2012-06-09 20:20) 

maipenrai

Cedarさん
 おっしゃるとおり、駅舎と車両、いまのままでも立派な観光資源として成立している…って思うのは鉄のひとりよがりでしょうか? 個人的には、非鉄の友人を連れて行っても、下手な「昭和レトロ」のテーマパークより、よっぽど楽しんでもらえる潜在力があるかと思うんですが、いかがでしょうか?

京葉帝都さん
 昭和モダンな車両と、昭和レトロな駅舎…それぞれが自然にマッチングしているのが富山地鉄でした。50年モノの車両と、最新の521系と、どっちが快適な空間なんだろう? なんてことも考えさせられた旅でありました。

シュウチャンさん
 niceありがとうございます。
by maipenrai (2012-06-09 22:20) 

maipenrai

ねじまき鳥さん
しまりすさん
 niceありがとうございます。
by maipenrai (2012-06-11 19:05) 

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